「ブロークン・フラワーズ」 - 把握しきれないところに何かがある

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監督 ジム・ジャームッシュ


「一番好きな映画は?」という質問は難問だけど、観た回数を基準として考えるなら、俺の場合はたぶん「未来世紀ブラジル」かジム・ジャームッシュの「デッドマン」が一番という事になるだろう。しかし、ジム・ジャームッシュの映画の中で好きと言える映画は「デッドマン」だけだ。それ以外の映画は嫌いではないけど、たぶん、とらえどころのなさが趣味に合わないのだ。簡単なストーリーでシュッと輪郭線を引いてもらえないと理解できないのかもしれない。
そういう意味で、「ブロークン・フラワーズ」は俺も十分楽しめる映画だった。それも噂に違わず興奮するほど面白い。でも、なぜこの映画が面白かったのか自分でもよく分からない。分からないから面白いのか。


何が面白かったのかを考えたいのだけど、何かヒントらしきものを掴んでそれを手繰っていこうとしても、なぜかどこにもたどり着かない。不思議な映画だ。


正直言うと、主人公が何を感じていたのかよく分からない部分が多い。例えば、主人公が墓場で泣くシーンがある。なぜ泣いているのかが掴めない。女が死んでしまった事が悲しいのか、女と過ごした時間が過去になってしまった事が悲しいのか、あるいは今の自分の状況を悲しんでいるのか。もちろん、どれか一つというわけではなくて、色々な感情が合わさっているのだと思うけど、その気持ちが想像できないのだ。しかし、なぜかその分からない気持ちに同調し、分からなさに何かがあるような気がする。


俺には結局誰の息子だったのか分からなかったが、もしかしたら明確な答えがあるのに俺が理解できなかっただけなのか、答えを考える事自体が意味がない事なのか。


最近「home」と言う単語が気になっていて、この映画もその文脈で捕らえられるんじゃないかと思っていたけど、観てみると、あまりそういう感じがしない。自分の子供というのは話のきっかけにすぎなくて、あくまでも話の中心は中年男のようだ。いや、どうなんだろう。そうなのかな。


主人公は何箇所かを旅するが、どこも似たような景色が繰り返される。森林の中の高速道路を走り、対向車とすれ違う。都市部から離れた土地で家を探す。この隙間の多い繰り返しの時間が、なぜか観ていて心地よい。


出会う女たちは様々で魅力的だ。性格も様々だし、出身も様々なようだ。フランス系らしき女もいるし、スペイン系らしき女もいる。ちょっと出会うだけの女たちも強い印象を残す。空港でクロスワードパズルをする女、過去の女の娘、仕事場の受付嬢、花屋の娘。


少し気になったのは、過去の文学が色々なところにちりばめられているところだ。深読みしたくなるけど、そこを突っ込んでいく事にはあまり意味はないかもしれない。
主人公ドン・ジョンストンはもちろん「ドン・ファン」だ。隣人はドンによるとシャーロック・ホームズ。他にも子供との会話の中で、サム・スペードと誰かの名前を挙げていた。名前を忘れてしまったけど、聞いた事ない人物だった。誰だったんだろう。
最初に会う女の娘の名はロリータ。当然連想するのはナボコフの「ロリータ」。3番目に会う女の名はカルメン。連想するのは「カルメン」。「昔は情熱的だったのに」とも言ってるし。
映画と関係ないかもしれないが、主題歌を歌うのはホリー・ゴライトリー。トルーマン・カポーティティファニーで朝食を」に出てくる女性の名だ。
ここまでは直接的な連想だが、もうひとつ連想した作品がある。この映画ではピンクの手紙に赤い文字が書かれている。赤い文字から連想したのがホーソーン「緋文字」。これも女性が主人公だ。「緋文字」では主人公は私生児にパールという名前を付ける。
ブロークン・フラワーズ」では、2番目に会う女が真珠のネックレスを身に付けており、ドンが「それはおれが贈った奴か」「違うわよ」「俺が贈ったやつは?」「……知らないわよ」みたいな会話がある。手紙を送った人物は誰かという謎にもし答えがあるのなら、この人じゃないかと思っている。

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