「アメリカ、家族のいる風景」 - 時間が造るもの

http://www.klockworx.com/america/
監督 ヴィム・ヴェンダース


西部劇の時代はもう幻想や追憶になってしまった。まずそういう説明がなされているように見える。古き良き時代ではなくなってしまった事を象徴するかのように荒野のロケ地を走るセグウェイ
俺の理解では、主人公はその幻想になってしまった世界を生き続けている。しかし、時代が移っている事には気付いている。主人公は「なぜ死ななかったのか」と自分に問う。シャツやブーツを脱ぎ捨て、馬も捨て、西部劇の幻想を捨て、母親の元に帰る。こうして物語が始まる。


そうして、主人公が出会うものは何か。一つはこれまで自分が顧みずにきたものだ。それともう一つはそれらの変化と自分の意識とのギャップだ。
存在すら知らなかった子供達はいい大人になっている。また、かつての恋人に、「結婚してくれ」とプロポーズし断られる。おそらく、女が時間と共に生活し変化しているのに対し、主人公の意識が昔のままであることが現れたシーンだ。
日本でも「生みの親より育ての親」なんて言葉があるけど、親子であっても、友人関係であっても、恋愛関係であっても、良くも悪くも、一緒に過ごした時間が関係を変化させていく。


遠近感がおかしくなるような空間と、朝方、昼間、夕方、夜と目まぐるしく(と言うと大袈裟か)移り変わる時間。たぶん主人公は、道ばたに放り出されたソファの上で、自分と今とのギャップを埋めていた。もちろん、一日やそこらでは埋まらない。本当にそのギャップを埋めようと思うなら、娘が言うように、その街に家を持ち、共に過ごす時間が必要なのだろう。


ここで言う家とは、いわゆるロード・ムーヴィと言われる映画で描かれているものと対立する概念なのかなという気がする。定住するための場所だ。確認したわけではないのでただの印象でしかないけど、ロード・ムーヴィと呼ばれる映画では放浪する人が変化を経験する。だけど、この映画では、定住している人達が大きな時間の流れの中で変化し、放浪していた人は変化から置いて行かれているのが面白いところだ。


この映画を観て気になったのは、その家という言葉がこの映画に限らず、なにか今の時代の重要なキーワードのような気がしてきた点だ。
スピルバーグの「ミュンヘン」でも故郷や家庭という意味でhomeが印象的に使われていた。クローネンバーグの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」もラストシーンに見られるように、家庭が重要な役割を果たしている。まだ観てないけど、ジム・ジャームッシュの「ブロークン・フラワーズ」は、予告を見る限りは「アメリカ、家族のいる風景」と似た話のようだ。
もしかして「ミュンヘン」も「ヒストリー・オブ・バイオレンス」も「ブロークン・フラワーズ」も、なにか共通する背景があるのか?
もっとも、家というテーマは目新しい物ではないので偶然重なっただけかもしれない。


手始めに公開日を調べてみて、時期を比べてみよう。


ブロークン・フラワーズ
Broken Flowers (2005) - Release Info - IMDb
 17 May 2005(カンヌ映画祭
 5 August 2005


アメリカ、家族のいる風景
Don't Come Knocking (2005) - Release Info - IMDb
 19 May 2005(カンヌ映画祭
 25 August 2005


ヒストリー・オブ・バイオレンス 
A History of Violence (2005) - Release Info - IMDb
 16 May 2005(カンヌ映画祭
 23 September 2005


ミュンヘン
Munich (2005) - Release Info - IMDb
 23 December 2005


ミュンヘンだけ半年遅れで、あとの3作はカンヌ映画祭に出している事もあって時期が近い。そうだ、スピルバーグと言えば昨年の夏には「宇宙戦争」があったじゃないか。あれも家族が重要だ。


宇宙戦争
War of the Worlds (2005) - Release Info - IMDb
 28 June 2005


あー、こんなふうに書いていくと家族がテーマの映画なんていくらでも出てきそうだ。そういえば、ビル・マーレイ繋がりで「ライフ・アクアティック」も成長した子供と出会う話だ。(この日記には書きそびれたままになっているけど「ライフ・アクアティック」は、ウェス・アンダーソンへの苦手意識を払拭させる快作だった)


ライフ・アクアティック
The Life Aquatic with Steve Zissou (2004) - Release Info - IMDb
 10 December 2004


うーん、そうか。「ライフ・アクアティック」はちょっと前だな。それでもやっぱり何か、共通の問題意識のようなものがあるような気がするなあ。
うーん、後で考えよ。


たまたま目に付いた物を読んでいるだけだけど、ミュンヘンに関しては方々で褒められている割に釈然としない感想や批評しか目にしていない。でも、この方向で考えていくと、もしかしたら何か合点のいくものが見えてくるかもしれない。