「イーオン・フラックス」 監督 カリン・クサマ

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瞬きで蠅を捕まえる。オープニングでその映像を見た時、これはいいんじゃないかと期待した。でも、その後はどうも気持ちが盛り上がっていかない。面白い映像は随所にあるんだけど、話の展開があっさりしている。あっさり浸入して、あっさり捕まって、あっさり脱出して、あっさり発見して、あっさり心変わりして、あっさりめでたしめでたし。シャーリーズ・セロンのお色直しも前半だけなのは物足りない。
ただ、部分的な面白い映像の他に、興味深いテーマがあった。


この映画の中では、クローンで永遠に生き続ける事は、永遠に生まれ変わる事とほぼ同じ意味を持っているように見える。つまり、クローンも自分だという前提だ。クローンは、クローン元の人間の記憶も微かに持っている。すでにクローンである主人公イーオンが、かつての夫に相対した時に呼び覚ました記憶は、まるで前世の記憶を見ているようだ。
それが科学的にどうなのかというのは、この際問題にしない。
それより、イーオンが生まれ変わりを拒否する姿が印象的だ。


主人公が拒否しているものはなんだろう。科学による不自然さもあるみたいだ。人体改造を受けているようだけど、「靴が好きだから」という理由で仲間のように足を手のように改造する事はしていない。たぶんイーオン的に受け入れられる不自然さに限界があるのだろう。


ただ、イーオンが拒否しているのは科学がもたらす不自然さだけじゃないようだ。永遠の命、永遠の繰り返しも拒否している。その事で、自分の存在のかけがえのなさを守ろうとしている。
人間が生殖機能をなくした世界で、自分のクローンを作り続けて生き延びようとする考えと、自分の存在の一回性のためには人類の滅亡も辞さないという考えが、この映画では対立する。面白いのは、主人公の側が人類滅亡も辞さない行動をとり、敵役側が結果的に人類を生き延びさせようとするところだ。
本当に人類が滅亡してそれを引き受ける主人公を描いていたら、尊厳死を人類にまで拡張した変奏曲としてもっと面白い話になったような気がする。だけど、残念ながらこの映画では、偶然、その事態は免れてしまう。とは言え、イーオンは破壊者だ。単にクローン作成を止めさせようとしているだけじゃない。クローン作成を止めれば人類が滅亡するのだ。


SFで人類滅亡が描かれる事がある。それは悪い事のように描かれる事が多いけど、本当に悪い事なのかなと思う事がある。運悪く滅亡の瞬間に立ち会ってしまって死んでしまう人はつらいだろうけど、人類が滅亡してしまう事自体は果たして悪い出来事なのか。仮に100年後に人類が滅亡するとしても、その時には俺は生きてないだろう。だったら、俺にとってはどうでもいい問題なんじゃないのか。
環境問題の文の中に「子孫のためにきれいな地球を残そう」というニュアンスの文を見る事がある。もし本当に子孫につらい思いをさせたくないなら子供を作らなければいいじゃないか。未来は暗いと思うなら、最初から子供を作らなければいいんじゃないか。生まれてこなければつらい思いをする事もない。
俺自身は、この考えは理屈として間違っていないと思っている。
人間ひとりひとりを考えれば、みんないつか死ぬ。だったら最初から生まれてこなくてもかまわないじゃないか。


ところが、人類という総合体で考えた時、絶滅してしまう事を考えるととても怖い。
その怖さは、なにか空虚感のようなものだ。自分、あるいは人類が何をしても何を残しても、意味がなくなってしまう怖さだ。


どこまで実践しているかは置いておいて、俺の中には、未来のために何かをするという、今を積み上げていく考え方が染みついている。自分の死や人類滅亡について考える事は、積み上げの考え方のほころびに気付かせる。人類の発展や進歩が何?どうせ俺はいつか死に、人類はいつか消え、地球もいつか消え、宇宙も(たぶん)いつか消える。


自分で書きながらどう展開していくんだろうと思っていたけど、結局うまくまとまりそうもない。


イーオンは未来のために行動しているわけじゃない。なにしろ人類滅亡も辞さないぐらいだ。存在の一回性を認識するとは、積み上げる考え方を捨てる事なのかもしれない。自分の存在の有限性を噛みしめて、意味を未来に持ち越さないように気を付ける事だ。価値や意味を未来に持ち越せ続けられない「耐え難い存在の軽さ」を、どうすれば耐える事ができるんだろう。


「aeon flux」 、直訳すれば「永遠の流れ」「永遠の変化」。適切な名前と考えていいのか、皮肉が効いていると考えた方がいいのか。諸行無常


全く話は変わるけど、ファッションショーに出てくるような衣装とSF映画というのは、合いそうでいて合わない事が多い。設定がリアルでないだけに、逆に古めかしいぐらいの方がリアリティを感じられるのかな。