「キャンディ」 監督 クリスチャン・マルカン

キャンディ [DVD]

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原作小説は「博士の異常な愛情」、「カジノ・ロワイヤル」、「イージー・ライダー」などの脚本を書いたテリー・サザーン。興味の入り口はそこだったが、出演者やスタッフには錚々たるメンバーが名を連ねていて、映画としても好奇心をくすぐられる。しかし、面白いという話はあまり聞かず、今まで見ないままだった。原作小説も本棚で眠ったままだ。ところが、これがなかなか。かなり面白い。ただ、意味がありそうで、分からない部分は多い。


時代背景が色濃く出ているので、2006年にこの映画の意図をきちんと理解する事はたぶん難しい。当時のカリフォルニア、ヒッピー、ドラッグカルチャー、サイケデリック、フリーセックス、東洋思想、フラワーチルドレン、そういった言葉を体現したような映画だ。
また、インチキ導師の説明によると、キャンディという名前は、C & Yを意味する。Cは男性を、Yは女性を表すそうだ。おそらく他の登場人物の名前も、なにか意味を帯びている。けど、残念ながらそういう文化を背景にした感覚は俺には分からない。
そういう理解できない部分は、かなりありそうな気がしたけど、それでも、聖と俗をテーマとしたコメディとして、未だに通用する映画だ。


主人公キャンディは、よく言えば純真無垢な、悪く言えばかなり頭の足りない娘だ。そんなキャンディが、自分の意志とは無関係に、成り行きに身をまかせて、俗世間にまみれた男たちの間を渡り歩く。詩人、軍人、医者、カメラマン、泥棒、導師、そして父親。彼らは口々に立派なお題目を語り、キャンディに近づく。しかし詰まるところ、目的としているのはキャンディの体だ。
ここで面白いなと思うのは、どちらかというとヒッピー文化寄りと思われる詩人とかカメラマンとか導師とかなんかも、権威寄りの軍人とか医者とかと一緒くたにされて、まがいもの扱いされている点だ。もしかしたら、ヒッピー文化の真っ直中にありながら、ヒッピー文化をも笑いものにした映画だったのかもしれない。
素直なキャンディは、彼らの言葉を受け入れ、彼らの欲求を受け入れる。最終的にキャンディは、インチキ導師の言葉に影響され無我の境地を目指すが、実は最初からキャンディの存在が無我の境地だったのだ。


キャンディはアメリカを横断し、ハリウッドに着く。そこでは偶像が破壊される。この偶像は当時のハリウッドや既存の体制を喩えたものだろうか。あるいはもしかしたら、カリフォルニアを中心とするヒッピー文化を、実は指しているのだろうか。そしてラストは幻想的なシーンとなる。真っ白な衣装を身にまとい、草原を歩くキャンディ。今までの登場人物の前を歩いて通り過ぎる。鏡に大写しにされた撮影隊の前も通り過ぎる。たぶんそこに映っている監督らしき人物は、クリスチャン・マルカン本人なのだろう。いつの間にかキャンディの頭には花が飾られ、白い服にも花が描かれている。ここで、ボッティチェルリの「春」を連想する。高階秀爾「名画を見る眼」によると、あの絵で、純白の衣装を身にまとったクロリスは西風ゼフュロスに捕まり、花を身にまとった花の女神フローラとなる。それは春を擬人化したものであると同時に、「純血」が「愛欲」との接触によって「美」に生まれ変わる事も表している。
男たちはキャンディの存在により、俗世間から切り離され子供へと返る。そしてキャンディは宇宙へと返る。そう、ここで思い出す。オープニングは宇宙から始まっていた。キャンディは花の女神、愛の女神だったのだろうか。


自分の意志や個性を貫く事は尊いことだという考えがある。特に欧米式コミュニケーションに対し、日本的ななあなあの態度、村意識などは悪いイメージでとらえられている。それはそれで間違いではないだろう。しかし、一方で自己犠牲や他人を思いやる心も尊いものと考えられている。また、特定の個人を愛するという事は、人を差別する事になる。宗教では、欲を消し去れと言っているように見える。仏教では無我の境地が涅槃であり、キリスト教には7つの大罪がある。知識は原罪だ。
これらはそれぞれ微妙に観点がずれてはいるものの、相反する部分はどうしても存在する。人が生きていく事自体に、矛盾は生まれざるえない。そういえば「ストーカー」にもこの問題が出てきた。自分にとっての幸福は、他人にとっての不幸になる。自分がまともに生きていこうと思ったら、この矛盾と向き合わないわけにはいかない。


半村良の小説「妖星伝」に出てくる宇宙人が地球の春を見て言う。手元にないのでうろ覚えだが、「この星は生命が多すぎる。春になると己の命のための殺し合いが至る所で始まる。しかも、人間はその光景を見て美しいと感じている。なんておぞましい地獄だ」
「妖星伝」を読んだのはかなり昔だけど、この視点は頭にこびりついている。


キャンディの意志薄弱さを見て、「アホだ」の一言ですませる人がいるかもしれない。それはそれで一つの考え方だろうが、たぶん、その人は、平等、幸福、愛、知識、欲望、意志、自分、他人、こういった生きる事の矛盾に気が付いてないんじゃないかという気がする。


カジノ・ロワイヤル [DVD]

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ストーカー (ハヤカワ文庫 SF 504)

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妖星伝 (1) (講談社文庫)

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