「ロード・オブ・ウォー」 監督 アンドリュー・ニコル

はまった。これは俺の趣味とがっちり噛み合った。武器商人というのは面白そうな素材ではあるけど、俺はあまり興味をそそられない。この映画が抜きんでているのはその着眼点ではない。監督アンドリュー・ニコルの虚構を好む性癖、幾何学的な美的センス、戦争、コメディ、こういった調理法や調味料の組み合わせによって、これまで彩りの食材に過ぎなかった武器商人が、偶然、極上メイン料理に仕上がった。俺の印象では、これは偶然の逸品だ。


この映画の監督アンドリュー・ニコルがこれまで関わってきた映画を見ると、理路整然とした印象を残す虚構の世界を描いている。その折り目正しい虚構の残り香は、現実を舞台としているはずのこの映画にも嗅ぐ事ができる。観客に話しかける主人公。エヴァとの出会いを演出したビーチ。解体されていく飛行機。金のマシンガン。随所に現れる幾何学的な映像美。それらは現実なのかもしれないが、どこか現実離れした印象を残す。
シモーヌ」は見ていないが「ガタカ」に関して言えば、そういった部分が感情移入を邪魔していた。監督は違うが、「トゥルーマン・ショー」も同じような印象があった。頭で理屈は楽しめるんだけど、実感を伴わない。内容が現実ではないというのもあると思うけど、この人のスタイルにも原因があったような気がする。論理的で清潔すぎる感じ。描かれる世界との距離感。
それがこの映画では現実を舞台にしたコメディとして、対象にのめり込めないという距離感が一気にプラスに転じる。すまし顔で俗っぽいとんでもない馬鹿話を始めた時、その距離感はおかしみに転化した。ただ、不用意に登場する幾何学的な整った映像を見ていると、その距離感の存在に、監督自身は無自覚なんじゃないかという気がしてしょうがない。


さらに、この映画に感じる面白さの理由はそれだけじゃない。「ガタカ」や「トゥルーマンショー」同様に、描かれる世界に対しては距離感を感じているのだけど、「ガタカ」や「トゥルーマンショー」と違うのは登場人物にリアルな切実さを感じる点だ。これは、「ロード・オブ・ウォー」の登場人物たちが、未来に住む人間でもなく、ショーの中の人間でもなく、現実世界の人間だというところから来る親近感かもしれない。逆に言えば、俺に想像力があれば、「ガタカ」や「トゥルーマン・ショー」の登場人物に切実さを感じていたのかな?
ともかく、この映画の登場人物たちには切実さを感じた。あの人がある場面である行動をとる時、現実には理屈だけで行動を選択する事は出来ない。行動原理、情動原理とでも呼ぶような、人それぞれの心のメカニズムがある。
「怒るのに十分な理由を用意しました。それでその登場人物は怒りました。」
そういう理屈だけでは、その登場人物の行動に切実さは生まれない。当然その「十分な理由」で怒る人と怒らない人がいるからだ。
感情は沸き上がってくるものだ。理屈で生み出される物じゃない。俺がここで言っている切実さとは、登場人物が、その登場人物の心の中に沸き上がってくるものに沿って行動していると感じるかどうかだ。
この映画の主人公はなぜ武器商人になったか、弟はなぜドラッグに溺れたのか、なぜ捜査官は必死になって主人公を追うか。観客に納得させるための理屈をただ並べてただけでは、その行動に切実さは生まれない。逆に理屈なんか一切なくても切実さを感じれば納得してしまう。
そういう切実さがどうやって生まれるのかは分からない。それが演技力なんだろうか。あるいは、俺が知らないだけでやっぱり理屈なのか。「ロード・オブ・ウォー」には、「ガタカ」や「トゥルーマン・ショー」にない、切実さを俺は感じた。


もしこれがまじめなドラマ風に仕立て上げられていたら、これほど面白く感じなかっただろう。戦争映画は苦手で、宇宙人が出てくれば別だけど、どうもあまり興味を惹かれない。だけど、戦争を題材にしたコメディは面白いものが多いような気がする。たぶんそれは、人間が抱える矛盾が、一番派手に噴出した現象が戦争だからじゃないかという気がする。それと、俺が実感として戦争を知らないというのも大きな理由だろう。戦争どころか、人が殺されるという事も実感として知らない。いや、それどころか、人の死というものをあまり実感として知らない。だから、笑ってられるのかもしれない。
アンドリュー・ニコルが、武器商人をただの題材と見ているのか、存在を世界に知らせたいという欲求があったのかは分からないけど、前に「亀も空を飛ぶ」について書いた時に書いた事をもう一度ここに書こう。
監督、申し訳ないが、俺は違う世界を知るという娯楽として楽しんでしまったよ。


最初に書いたように、この映画は、武器商人という素材と、監督の性癖と、戦争という現実味のない現実と、コメディという手法の組み合わせが作った偶然の逸品だと俺は思っている。
しかし、俺が今連想しているのは「レザボア・ドッグス」と「アウト・オブ・サイト」だ。「レザボア・ドッグス」を見た時、やはり偶然の傑作コメディだと思った。クエンティン・タランティーノ初監督作なので、もちろんその時はその1作しか知らなかったんだけど、もし次にまともなギャング映画を作ったら追っかける必要はないだろうと思っていた。そしたら「パルプ・フィクション」という「レザボア・ドッグス」を上回るコメディを作りやがった。
アウト・オブ・サイト」はソダーバーグの変わり身が印象的だった。スティーブン・ソダーバーグのそれまでの映画は理知的過ぎて生身感を感じなかったんだけど、「アウト・オブ・サイト」で突然獣臭を漂わせ始めた。そして、また元のスタイルに戻るのだろうという俺の予想に反し、もうすっかり獣臭を我が物としてしまったようだ。
アンドリュー・ニコルはどんな次回作を作るのだろう。そんな事はないだろうとは思うけど、もし「ロード・オブ・ウォー」を上回るような作品を作り上げるような事があったら、俺の中では2000年代(10年間の事だよ)を代表する映画監督の一人になるかもしれない。


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