「父親たちの星条旗」 監督 クリント・イーストウッド

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観てから時間がたってしまった今、いくつか思い出したシーンの意味が分からないことに気付く。
考えてみると、これはどんな設定だったんだっけ? 時間的にも空間的にも頻繁に移動する演出に惑わされて、そこのところを見落としてた気がする。見た直後だったら思い出して考えてみることが出来たと思うんだけど……。
まず、有名になった硫黄島の自分が写っている写真について語らない父親がいる。語らない理由が本編になるわけだけど、あれは誰かの回想という形式だったっけ? じゃなかったよな。息子が調べた内容? でもなかったような。この映画の語り手は誰だったっけ? 特定の一人の記憶じゃない? そこが気になる。
映画本編といってもいい(であろう)過去の記憶(?)自体は、一枚の写真によるプロパガンダに浮かれる人々と、ねつ造によるプロパガンダに荷担してしまうことになる一般軍人の葛藤が面白く描かれている。その身のない熱狂を、テロ後のアメリカにも小泉政権にもなぞらえて観ることが可能だろう。そして、ヒトラーによる政権になぞらえることも可能かもしれない。
ただ、この映画にはその先があったような気がする。身のない熱狂と戦争現場の温度差? で、その先を考えるためにそもそもこの映画がどんな外枠でもって描かれていたのかを思い出そうとしているのだけど思い出せない。
硫黄島からの手紙」をまだ観てないのだけど、もし米国国内の身のない熱狂の告発がテーマだったとしたら、日本側の視点が必要だろうか。そう考えると、俺が何かを捉え損なっている気がする。